お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

   “夏が来たっ!”


それはしっかりした芝生のうえ、
以前は力いっぱい振り下ろし、その都度 支柱を突き立てていたけれど、
昨今では水を入れて重しにした台に差すことで
ぐらつかせずに立てられるようになったビーチパラソルをセットすると、
その真下の日陰へ据えたのが、
紺色の樹脂製、かわいらしいデザインをしたベビーバス。
午前中に用意をし、水も浅めに張っておくことで温めて。

 「さてと。」

お洗濯の後、庭木に水やりをしてから、七郎次が手掛けるその作業は、
当家における夏に入った“しるし”のようなものとなりつつあり、

 「……お。」

書斎から望む庭先で、敏腕秘書殿がごそごそしているのを眺めやり、
おおもうそんな時間かと、時計の代わりにしているのが、
当家の御主様、人気作家の島谷勘平こと、島田勘兵衛様なのだが。

 “……う〜ん。”

陽だまりと木陰と、くっきりとめりはりよく色分けされた芝草の上、
いろいろ乗っけた台車を押して来た七郎次、
まずはと空のスタンドを定位置へと据えると、
スプリンクラー脇の水道から引いたホースにて、重しとしての水を注入。
それからパラソルを開くのだけれども、

 「にゃっ♪」

水の匂いに誘われたものか、
リビングの方から よいちょと飛び降りて来た、
メインクーンのおちびさんが。
小さな手鞠がまろぶように、
ちょこたんぴょこり、
跳ねるような小刻みの駆け足で飛んでくる。

 「ああこれ、足元に来ちゃ危ないってば。」

すぐ後ろなんぞに気配もなくいたりするので、
さすがに踏みはしないが、
足を取られた七郎次が転びかねず、
そうなると下敷きにしかねないからと。
こらこら、まだ寄って来ちゃあダメよと、
人間の言葉で叱るところが
気持ちは判るが いと可笑しくて。
踏まないようにと避けた先、もう一匹の黒猫さんが、
ボクも涼しいとこが好きvvと
寄って来ていたりするものだから。

 「ああもうっ、お前たちったら もうっ♪」

ぬるみ始めた芝の上、
てんと尻餅をついたおっ母様へ、

 にゃあにゃあ・みゃんにゃぁん

前足伏せて後足に一丁前にバネをため、
可愛らしい間合いもて、
えいやっと飛びついてくるのを受け止めてやったり。
脱げかけのサンダルの先、
前足でちょいちょいとつついてから幼い牙でかぷりするのへ、
そんなの美味しくないぞ〜と、
ポッケから仔猫用のジャーキーを取り出し、
ほれほれと“おいでおいで”をしてみたり。

 「おお、これはまた猫好きにはたまらぬ眼福ですねvv」

原稿を預かりに来ていた林田さんが、
大窓の向こうで楽しそうに繰り広げられている、
おちびさんたちと秘書殿のお遊戯タイムにくすすと吹き出したものの、

 “仔猫が2匹に見えていようからの。”

そう、林田さんには、
手のひらの中にくるみ込めそうな小さな仔猫が2匹、
すんなりした肢体のお兄さんと遊んでいるように見えているのだろうけれど。
これが勘兵衛には、
片方だけ、金の髪をした小さな男の子に見えているものだから。

 「にゃ〜んっ。」

ぱふーんっと懐ろへ飛び込んで来た久蔵を、
おおおっと倒れ込みつつ受け止めた七郎次の様子なぞ。
ぬいぐるみみたいに小さき存在相手のパフォーマンス…ではなくの、
腕白坊主と優しいお母さんのじゃれ合いようにしか見えなくて。

 「…っ。」
 「え? あ、島田先生?」

原稿自体は仕上がってもいたので、それを束ごと平八へと差し出すと、
執筆用デスクの前からすっくと立ち上がった勘兵衛せんせえ。
書斎のある棟からも中庭へ出られる扉はあって、
空調の掛かっていた空間から出るとたちまち、
むっとする熱気が全身へ容赦なくまといつく。
少々面食らいつつも、
木洩れ陽がきらきらと光のモザイクみたいに降り落ちる中へ、
堅く育ちつつある芝草をサクサクと踏みしめて、
パラソルを立てた一角を目指し、歩みを進める勘兵衛で。

 「あれ? どうされました?」

何かお要りようでしたか?と、
やはり芝の上へ座り込んでた秘書殿が見上げて来つつ訊くのへと、

 「…あのな。」

やや堅い顔つきのお髭のせんせえが、
トラウザー型のスラックスのポケットから摘まみ出したのが。
懐中時計…に似せた実は温度計。

 「言うたであろうが、32度を越したら外出禁止ぞと。」
 「え? もう越してますか?」

そもそもは、
お風呂は嫌がるくせに夏場の水遊びは大好きな久蔵ちゃんのため、
簡易のプールを仕立てる日課だってだけだったのだが。
さあ浸かろっかという午後を回ると
あまりの暑さに貧血を起こしかねないという恐れから、
七郎次は外出禁止令に引っ掛かり。
勘兵衛が見張ってのチビさんたちの水遊び、
エアコンを利かせたリビングから、窓越しに眺めるしか出来なんだ。
それが残念で残念でと口惜しく思ったおっ母様、
だったら午前中の涼しいうちに思う存分遊べばいいと、
名目はプールの支度、だがだが 実質はといや、
朝っぱらからの“水辺遊び”を謳歌する、
そんなお時間が始まった、この七月なのであり。

 「今年ってやっぱり異常ですよね。
  私が学生だったころなんて、
  七月といや梅雨明けのはずなのに
  雨だの肌寒いだの、泳ぐのに向かないお天気が多かったもんですのに。」

こうなったら夏場だけ南半球へ長期旅行に出ちゃうとかしましょうか?
ああでも、そうすると、
勘兵衛様 日本情緒から遠ざかってしまうことになりますから、
執筆に支障が出るかもですね。
それに、勘兵衛様は寒いの苦手なんでしたねと。
しっかり者の秘書殿とは思えない、
何とも すかすかなアイデアばかり繰り出すのが、

 『暑さっておっかないですねぇ。』

爆笑しかかるのを何とか押さえつつ、
平八がそんな風に評したというおまけつきの、
笑える一幕でもあったのだけれど。(う〜ん)


 《 まま、土地から離れるというのは、
   土地についてさまよう霊的存在の執着から
   目をつけられることなくの逃れられるという利点がありますが。》

久蔵ちゃんが現れるまでは旅三昧だったのも、
半分くらいはそれが理由だったくらいだ。
一つ処に居着かないことで、
こちらの存在へ執着されるのから逃れるというのも悪くはないが、

 《 七郎次様は、そういう暮らしぶりが余りお好きではないようですしね。》
 《 うむ。》

実は、家庭的なあれこれをこなすのが、
性分的なこととして気に入っておるらしゅうてな、と。
一旦、リビングへ避難だと、
抱えて戻った久蔵ちゃんをお膝に座らせ、
ふわふかな金の前髪を丁寧に手櫛で整えてやっておいでの恋女房、
ほのぼのと眺めておいでの勘兵衛であり。
満面の笑みにての睦まじさ、
じっとじっと見つめられるのは さすがに照れが出たものか、

 「勘兵衛様、林田さんを書斎へ放っぽって来ていいのですか?」
 「おお、そうだった。」

自分への客人をあっさりと放置する方も方なら、
実は気づいてたそれを、注意を逸らさせる為にと持ち出す方も持ち出す方。

 “まあ、いつものことですが。”

仲のいいお二人や、小さな家人を追う彼らに振り回されて、
うっちゃっておかれるのもまた仕事のうちですよと。
人のいい笑顔で応じてくださった編集さんは、

 『あのね?
  おーしーおみやげくれるから、キュウも大好きなのvv』

放っておいてごめんねごめんねvvと、
小さな王子が たとたと駆けてって、
小さな爪立てよじ登ってっての
胸元から“にゃうみぃ”とご機嫌を伺う芸も増えたのだそうで。
殺人的な暑さも何のその、
元気で乗り切れそうな島田さんチであるらしいです。






   〜Fine〜 13.07.11.


  *甲府の方では39.2度ですって?
   日本はそろそろ亜熱帯認定されるべきかもしれない。
   そして夏休みのスポーツ系統の大会も、
   春先か秋へずらしたらどうでしょうかねぇ。
   (日記にも書きましたが、
    これだけ連日猛暑日とか言われてる中、
    よーし今日は持久走するぞと言い出した
    体育の先生の気が知れない…。)

  *去年のこの時期のお話でも“暑い”がテーマでしたね。
   そろそろ外歩きを始める仔猫らも、この暑さでは大変だろうなぁ。
   ちびキュウちゃんも、暑さは苦手なようですが、
   その分、夜中は大暴れをしてそうです。
   ルフィさんチへも伸してますしねぇ。(笑)

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